小説が映画になるとき、その一例/『ある秘密』Un secretを読む・観る


フィリップ・グランベール『ある秘密』Un secret 野崎歓訳(新潮社、2005年)

ある秘密 (新潮クレスト・ブックス)

ある秘密 (新潮クレスト・ブックス)

『ある秘密』Un secretクロード・ミレール監督、2007年、フランス)


 イタロ・カルヴィーノはその著書のなかで、小説にとって必要なものを六つ挙げ、そのうちのひとつの「視覚性Visibility」について言及している。そこでは小説に対し映画が引き合いに出されている。「映画では、私たちがスクリーンの上に見る映像は、これもまた初めは書かれたテクストを通して現れてきたものであり、次に映画監督が心のなかでこれを「見」、さらにセットの上で物質的なものに再現した後に、最終的にフィルムのコマの上に定着させたもの」とカルヴィーノは述べ、映画監督が心のなかで「見る」ものを「心的な映画」と呼ぶ。そして、この「心的な映画」は図らずも誰しもに備わっている営みである――つまりひとは小説を読むとき、そこに「視覚性」を付与するのだと指摘している(『アメリカ講義 新たな千年紀のための六つのメモ』米川良夫・和田忠彦訳、岩波文庫、2011年、153-154頁)。それでは実際に、テクストから映画へと物語がメディアを超えて姿を変えてゆくとき、「視覚性」はその作品へとどのように働きかけるのだろうか。ここで、ひとつの小説をめぐって考えてみたいと思う。
 フィリップ・グランベールの『ある秘密』はクロード・ミレールによって映画化された。原作でも映画版でもともに、三つの時間軸が用意されている。主人公(ぼく)の大人になった現在、子供の頃の思い出、そして、彼が生まれる前の両親の出来事だ。両者の比較のためにまず、小説のほうの特徴を確認したい。小説では直接話法は用いられておらず、すべて主人公の語りによって物語が進んでゆく。前半までは、体が脆弱な主人公の生活と、そんな生活のなかで彼が紡ぎ出す架空の物語――彼が生まれる前の幸せな両親の日々――が交互に語られる。そして後半、主人公は両親と昔から馴染みのあったルイーズという女から真実を聞かされ、作り上げてきた物語を悲劇的なものへと修正せざるを得なくなってしまう。それらは最終的に、大人になった彼が調査によって明らかになったことを物語の形を借りて告白していた、ということがあとから判明する。そうすると、主人公による過去の「再現」――アウシュビッツで殺された父の元妻とその子供、つまり主人公の兄――は、作者の伝聞や資料によって作り出されたものであるということになる。それを主人公の「ぼく」によって語らせることにより、目撃していないはずの出来事に「強度」を与えることに成功している。三つの時間軸を用意することで、両親の悲劇的な出来事を「物語」として昇華してしまうのでもなく、あるいは単純な「事実」として処理してしまうのでもなく、思い出す「現在」のなかで出来事を伝えることを可能としているのではないだろうか。それが可能になるのは、「語り」というテクストに付与される「視覚性」、比喩的に言うならば「心的な映画」によってである。読者であるわれわれが小説を読む現在と、子供の頃に思い出す「現在」とが重ね合わされ、「ぼく」の語るイメージとわれわれのそれが一致することによって、出来事は出来事としてありつづけるだろう。
 それでは、一方の映画ではどのように描かれているのだろうか。この映画では、こうした「現在」の二重性は可能とはならないだろう。というのも、この映画こそがクロード・ミレールによるひとつの「心的な映画」とも呼びうるものだからだ。しかしながらそうしたこともクロード・ミレールは自覚的であったと考えるの妥当だろうと思う。映画というメディアには「最終的にフィルムのコマの上に定着させ」るという物質的な作業が介在することにより、「現在」を映し出すことへはその関心は向いていなかったと考えられる。同じくホロコーストを題材にする『ショアー』でさえも、「真実」を映し出したものであるとは言えないだろう(ホロコーストをめぐってはどこまでいっても「表象不可能性」の問題へと問いが発せられるため、その意味ではこうした問題をめぐるひとつの「真実」であるのかもしれないのだが、それは人類の永遠の主題であろうし、ホロコーストに限ったことでもないだろう)。
 映画のなかでクロード・ミレールが施した「アダプテーション」は、大人になった主人公の様子を、冒頭から短いショットで回想のあいだへと挟み込むことだった。これによって彼が作り上げてきた物語はフラッシュバックのようにして挿入されているように見える。さらに、自分の身体の脆弱さによって距離を感じていた父親の老いた姿が、それを探す主人公とともに交互に映し出される。小説から映画への設定やあらすじの異動はいくつかあるが、重要なのは、この改変であろうと思う。小説では、大人になった主人公、つまり小説自体を語っている主人公「ぼく」は、最後に顔を出すことにより、出来事の語りを主体を明らかにする。そのことで、なかば事後的に語られてきたものが「事実」でもなく「物語」でもなく、そのどちらでもないそれ自身として息づきはじめる。
 映画での改変は、「現在」を共有することが困難であるこのメディアの特性に適ったものだ。小説での直接話法はヴォイス・オーヴァーへと引き継がれ、フラッシュバック(回想)の効用を高めている。主人公と父親が交互に映し出され、それがフラッシュバック(回想)のあいだに挟み込まれることで、父親と主人公のふたりのものとして描かれている。映画のなかではふたりは過去をめぐっての話をするシーンはないのだが、小説で印象的な両親への過去の「真実」を打ち明ける場面が、このような無言の会話によってなされている。主人公と父親との過去の「真実」の共有は、直接の会話を描くことなく、大人になった主人公がおいた父親と交互に映し出されるショットに挿入されるフラッシュバックによって暗示されるだろう。われわれ観客は、その共有される瞬間を目撃することで、語られる出来事を思い出すことが可能になるのだろう。
 『ある秘密』をめぐっては、ホロコースト、家族、ひとびとのあいだの秘密といったいくつかの要素で語りうるだろうが、出来事を「語る」という行為がそれをそれ自身として伝えるためにいかなる営為が伴うのかを考察したかった。そのとき、小説と映画という異なる形式で語られたとき、その両者のメディアの適正に適った表現を用いていることがわかった。こうした「語り」の問題はホロコーストのみならず、普遍的な問題として考えなくてはならないだろう。

他人の恋を応援することと映画を観ること/『瑠璃の城』(1998、香港、メイベル・チャン監督)

 映画はその草創期から、物語の再現へとその発展を遂げてきた一方で、現実の光景を映し出すことができるメディアとしての役割を担ってきた。それはひとつにカメラというイデオロギーを介するという、ある種の「制限」がそれを可能にしてきたのだった。たしかにカメラは、ある出来事を記録するだろうし、その映像はそうした現実の一部を映し出すだろう。このような映画と現実をめぐる問題はいくつも変奏を経て、今日でも問われつづけている。たとえば、ホロコーストをめぐるフィルムである『ショアー』が現実そのものではないとしても、その表象には一定の強度が存在する。出来事への表象不可能性を孕みつつも、「現実の再現」はわれわれの現実の地平へと問いを共有するにちがいない。だがそれは、現実(の一部)を映し出す、いわゆるドキュメンタリーと呼ばれるフィルムが、フィクションとしての物語映画よりも優れているという意味では決してない。出来事のあとに再現された物語映画には、現実の光景を目撃することとは異なる体験を観客へと共有することが可能であるといえるはずだ。その体験とは何か。ここでは、ポストコロニアルな事象をめぐって、ひとつのフィルムをめぐって考察してゆきたいと思う。
 メイベル・チャンの『瑠璃の城』(一九九八年)は、一九九七年の年明け、華やかなムードが漂うロンドンのトラファルガー広場からはじまる。この年号の持つ意味と映画の作り手が香港生まれであることを知っている観客ならば、そこにある固有の響きを感じずにはいられない。そして、ふたりの男女を乗せた自動車は路肩へ激突し、彼らは死亡してしまう。そこからフラッシュバックで七〇年代の香港大学での彼らの出会いやすれ違いがノスタルジックに描かれる。ふたつの世代が対称的に描き出されるなか、一方の世代は「一九九七年」を迎えることができずに、永遠の愛とでも名づけることができそうな幸福な世界へと残り、もう一方の若いふたりは、もうひとつの幕開けを花火とともに祝福することとなる。
 この映画にはっきりとした政治的な含意を読み取ることはおそらくそれほど有益な成果をもたらさないだろう。監督であるメイベル・チャンが描きたかったのは真実の愛をめぐる物語であったように感じられる。しかしながら、この映画では中心に描かれることのない香港返還という出来事を、その当時香港を生きたひとびとが経験したのだということもまた、ひとつの事実なのだ。この映画から、監督自身の香港返還に関する感情といったものは読み取ることは困難な作業だが、メイベル・チャンは(実際に香港へいなくとも)この出来事を経験したのだし、あるいは映画のなかのヴィヴィアンたちのように当時を生きたひとびとが存在する。ここで考えなくてはならないのは、出来事を体験するとはいかなる行為か、ということだ。そして同時に、現実の出来事とは何か、という問いも生じることになる。香港返還という出来事自体は、ひとびとの固有の経験のなかにしか存在しない。それはきわめて大きな出来事であるが、しかしながら何かをその瞬間に決定的に変えてしまうものでもない。もちろん今まで住んできた場所を離れるという選択をくだしたひとびとも数多くいたのだろうが、メイベル・チャンが描き出そうとしたのは、その出来事とともに生きた「彼ら」の物語なのだろう。
 映画は「現実」を映し出すことはない。それは「現実」がただひとつの出来事ではないという、至極当然のことによる。ラストシーンで打ち上がる花火はそのことを別のやり方で教えてくれるだろう。その瞬間に打ち上がった花火はそれ自体として不変のものである。しかし同時に、それをどう(あるいは、誰が)見るかによってまったく別のものへと変質してしまう。冒頭の年明けのシーンで、ヴィヴィアンとラファエルが運転する自動車のミラーと交互に映し出される花火は、映画のラストシーンで香港返還を記念する花火と記憶のなかで重ねあわされる。そのとき、この花火がふたりの遺灰とともに打ち上げられたものだということを観客は知っている。その花火はふたりの物語によって、まったく異なったものへと姿を変える。そしてさらに、その花火は『瑠璃の城』という固有のフィルムを離れてそれぞれの――わたしたちの、あるいは「彼らの」花火であるという経験へと開かれてゆく。ひいては、香港返還という出来事が単なる「かつて、あった」という歴史的事象をこえて、われわれの経験へと結びつけられてゆくにちがいない。それが、映画というメディアのもつ力であり、フィクションという事象についてわれわれが考えていくべき問題なのだろうと思う。

本に線がある

 小谷野敦の『友達がいないということ』をブックオフで見つけて、パラパラと読んでいるが、面白い。それはとても良いことなのだけれど、この本はあまり難しくはなく、というか内容について難易を問うような類の本ではないのだが、ところどころ黄色い蛍光マーカーで線が引いてあって、その線を引いている箇所の基準がさっぱりわからないのが奇妙で、そのうち変な気分になってきた。よく読んでみると、著者の毒舌や「友達がいな」かったエピソードに引いてあったりして、共感した箇所なのか、あるいはまた、一般にはあまり有名ではない作品名に引いてあったりするので、参考のためなのか、しかしどれも一定の基準は見当たらず、よくわかならない。まあ、気まぐれだろう。
 もともと本に線が引いてあることは昔からあまり好きではなかったのだけれど、例えばこの本のように古本屋で買った本に関してはあまり気にしない、というよりも、かつて一度、線の引いている箇所が面白いというだけで購入した本もあったほどだし、あるいは、レポートのために読まなくてはいけないが、あまり面白くない難解な思想系の翻訳モノの訳者解説のところに線が引いてあって、その箇所を頼りにしてレポートのために役立てたということも一度だけあった。難解な本で線が引いてあるというのは、線を引いた人の読み方というのもわかって面白いのだが、こういう本にたくさん線が引いてあったり、しかもそれが意図のよくわからないものだったりすると、すこしイライラすることもある。図書館の本で、線が引いてあったりすると、消しゴムで出来るだけ消してから読んだりもする。格好いいフレーズにアフォリズムのように内容と関係なく線が引いてあったりすると、どんな人が読んだのかわかるような気がするが、一番グイグイ来るのは、たとえばシュルレアリスムの本に、図書館の貸出一覧のようなレシートが挟まっているときで、それが「シュルレアリスムとは何か」「シュルレアリスムの絵画」「シュルレアリスト」だったりすると、ああ、こいつも俺と同じようなレポートを書いたのだろうな、と思ったりする。

「ヒッチコック的ミステリのある種の傾向」②

 ここまで、ヒッチコック作品の「スタイル」を簡単に把握してきたつもりであるが、そのときジャン=リュック・ゴダールが『間違えられた男』(1956)について行った表層的な効果やカットの《分身》への指摘はきわめて明晰であるといえるだろう。ゴダールは、「映画とその分身」と名づけたその文章のなかで、カットや対象が「分身(=双数)」となることを分析するのだが、ここで重要なのは、ゴダールの「批評家」としての確かさを認めること以上に、これらの分析によって欠かすことのできない要素である「観客」の存在を指摘したことにある。もちろん、映画において「観客」という存在が不可欠なものであるというのは、近年の「初期映画」に対する研究によってもさらに別の角度からますますクロースアップされていることではあるが、ここでの「観客」とは彼らが「作者」の分身となるような存在であることは見逃すことはできないだろう。つまり、ゴダールの分析においては、その視線は作品を鑑賞する地点から、映画内の各カットの分析、つまり「作者」の意図を読むことへとその地点へと移される。観客はそのサスペンスに揺られながらも、同時に「作者」の位置に立ち映画を観賞することになる。われわれが、ヒッチコック的なサスペンスを体感するとき、その「予示」に気づかず、登場人物とともにその事件や出来事に巻き込まれる必要はない。その点で、ヒッチコックの述べる「主観的サスペンス」というものが、従来の主人公の視点に立つという意味での「主観的サスペンス」とは異なるのだ。観客は、予告されたことを知り、その予告された出来事が起こるまでの時間、サスペンス状態に陥る。
 しかしながら、われわれが注意すべきことは、「作者」=観客という図式がヒッチコック映画のなかで成立するとしても、それは「作者」の思惑や意図を観客がはっきりと理解する、言い換えるならば「作者」と観客の理解/解釈が一致する、その必要はないということだ。『映画術』におけるトリュフォーの解釈とヒッチコックの意図は一致することが多いように見受けられるわけだが、それはトリュフォーの解釈が完全に「作者」であるヒッチコックの考えた通りであるというわけではないのだ。重要なのは、すべての観客がそのように「予示」のような方法に敏感になり、作品のなかに織り込まれたネットワークのなかで映画を観ること、そのことを加藤などは「理想的な観客」と呼んだのではなかったか。スクリーンの前に座り、一本の映画を観賞する観客であるわれわれが、作品の内部に置かれた継起的な物語を逸脱する「染み」に出会うとき、そこでは物語がつづくあいだ、その存在によって意識が宙づりにされ、「サスペンス」の只中にいることになる。
 ここで、もう一度、ヒッチコックヌーヴェル・ヴァーグの同人たちの「作家主義政策」の代表格となったことを考えてみたいと思う。ヒッチコックの作品群の「スタイル」を見出そうとするとき、それは「観客」を「作者」の位置に置くことであるといえるだろう。とするならば、作品は鑑賞されるたび、鑑賞され続けるほどに、その「作者」を増やしつづけることになるだろう。トリュフォーがひとつの解釈を示しえたとするならば、そういった解釈も、観客それぞれによって稠密なネットワークとなってゆくだろう。そのとき、先に援用した加藤の著作での、『裏窓』をめぐる、トリュフォーを含めすべての観客が殺人事件があったと解釈してしまうことに疑問を投げかけることによって、その解釈のネットワークはより輻輳されることとなるだろう。ヒッチコックを確固たる「スタイル」をもった「作者」であるとして擁護するときに、そのヒッチコックが「作者」をめぐる映画の作り手であるという、ひとつねじれた構造があることに気づくのだ。ヒッチコックの作品は、限りない解釈を提供することができ、そして観客が継起的な物語を逸脱するような感覚にとらわれるとき、観客は自身が「作者」の位置にいることに(無意識的にであれ)気がつくのだ。そして、それがヒッチコックの「作家性」であるといえる――ヒッチコックを「作家」として擁護しつつ、その作品の「スタイル」は、ひとつの作品のテクストに「作家」を幾重にも張り巡らすことである。
作家主義政策」の欠点やそれに対する批判は枚挙にいとまがないが、その「政策」の性質がどういうものであれ、まず分析/解釈されるのは「作家」の作品であるのだ。そして、ヒッチコックがこの「政策」の代表的存在であるというのはきわめて象徴的なことだろう。トリュフォーゴダールなどが、ヒッチコックの「スタイル」に対してどれほど意識的であったのかは定かではないのだが、観客を「作者」の地点に置くという、きわめて(批評的な視点を喚起するという)批評的な「作家性」を、ヌーヴェル・ヴァーグの「作家」たちが(結果的にであれ)推し進めていったということは、絶えず意識されるべきことだろうと思う。ひとえに「作者」(「作家性を持った監督」)擁護の政策であると、現在のわれわれが「作家主義政策」を切り捨ててしまうのではなく、そこから学ぶことがあるとするならば、「作家」というものはなにかを問いつづけ、その作品のもつ、いくつもの特質を真摯に批評することであるといえるだろう。


参考文献
ジャン=リュック・ゴダール「映画とその分身――アルフレッド・ヒッチコック『間違えられた男』」、『ゴダール全評論・全発言Ⅰ』筑摩書房、1998 年

「ヒッチコック的ミステリのある種の傾向」/『サスペンス映画史』を読む

 「カイエ・デュ・シネマ」の同人たちが打ち出した「作家主義政策」の端緒は、フランソワ・トリュフォーが一九五四年に同誌上で発表した「フランス映画のある種の傾向」であるとされている。その記事の発表から三年後のアール誌にトリュフォーはこう記す。「監督はあるスタイルを有しており、それは彼のすべての映画のうちに見出すことができる」。ここでのトリュフォーの考える「作家性」とは、作品に対して「作家」が有しているその「スタイル」であるとみなすことができるだろう。とするならば、ひとりの監督に「作家性」を見出そうとする試みは、得てして作品のなかに見出される「スタイル」への分析に費やされるのではないだろうか。トリュフォーが、この「作家主義政策」においてきわめて強くクロース・アップすることとなったアルフレッド・ヒッチコックへのインタビュー(『映画術』)は、ヒッチコックの作品のなかに見出される「スタイル」に向けられたものだったといってよいだろう。監督の作品に見出される「スタイル」こそが、その監督を「作家」とするのではないか。それでは、なぜアルフレッド・ヒッチコックという「作家」が、ヌーヴェル・ヴァーグの同人たちによる「作家主義政策」の中心的な存在となったのか。その「スタイル」を考察するにあたって、いくつかの先行研究を参照してみよう。

 三浦哲哉は、その著書『サスペンス映画史』のなかで、ヒッチコック自身による「主観的サスペンス」の定義や、ボニツェルの「ヒッチコック的サスペンス」などを援用しながら、ヒッチコック映画の特徴が「予示」と「顕示」にあると指摘する。ヒッチコックが述べるころの「主観的サスペンス」とは、グリフィス的メロドラマに見られる、チェイス・シークエンスのような「客観的サスペンス」と対比されるもので、「光景の自然を転覆するものが隠されているということ、あるいは隠されているという暗示に観客が気づいていること」によって緊張とその持続をもたらすような「朗らかな日常をサスペンス化する技術」である。つまり、ヒッチコック的サスペンスとは、非日常が日常を覆すような世界ではなく、犯罪とつねに共存した日常をひとつの疑惑として提示するような世界であるのだ。日常は不自由なものとしてあり、絶えず「疑惑の影」がつきまとう。そのとき、観客は登場人物が知らないことも知って(見て)おり、それにより観客の心に疑念が浮上し、日常がサスペンス状態へと宙吊りにされる。三浦はさらに、そこに「隠すべきものは逆に晒されなければならないという論理」があるという。登場人物たちは、彼らが犯罪者であれ、市井の人々であれ、何かしらの形で犯罪に巻き込まれ、それを隠そうとすればするほどに自分への疑いが強まってしまうような状況下に置かれ、公共空間のなかで自分の潔白を証明する手立てもないままに生活を営むほかない。その点で、表層は穏やかに日常のように見えるが、その影には犯罪が隠れているというヒッチコック的サスペンスが形作られる。こうした論理は劇場でこそ発揮されるだろう。三浦は、劇場は「虚構の論理にしたがって振る舞うようにひとが期待される」ような空間だからである。『引き裂かれたカーテン』(1966)での逃走(ソ連からアメリカへの逃げ切り)シーンは、ポール・ニューマンが劇場のなかで虚構の火事を発生させ、空間を混乱に巻き込むためになされたものだが、このシーンはその逆説的な論理を提示する一例であるといえるだろう。

 そして、そのサスペンスの手法としての「予示」が観客にあらかじめ起こることを想起させる。三浦は「予示」の要素を五つ――説話的/場所の反復/(犯罪と結びついた)オブジェ=対象/主題論的/間テキスト的――に分類する。たとえば加藤幹郎は、この「隠すべきものは逆に晒さなければならないという論理」を、「外見と内実の乖離」という言葉に換言し、スペクタクルと物語の齟齬をヒッチコック映画の「本質」であると論じ、また、『サイコ』(1960)をめぐる精緻なテクスト分析は、「予示」についての効用を明らかにしたのだった。加藤の『サイコ』のなかに指摘する「予示」は、主として「主題論的」なものと分類することができるかもしれないが、いくつかの「予示」の効果が重なりあい、形式化された記憶のなかで反響し合うだろう。こうした「予示」は、稠密なネットワークを映画のテクストのなかにつくりあげることになる。張り巡らされたネットワークは観客であるわれわれを、継起的な物語の枠組みから逸脱して、過去/現在/未来とはまた別の、もうひとつべつの物語の項のなかに観客を置くことになる。観客は、起こる前からそれをもう知っており、起こったあとも、それを知っていたのにもかかわらず驚くことになるのだ。ヒッチコックの映画がいつまでもその「面白さ」を保証し続けるのは、こうしたサスペンス的な効果――出来事が予告されていたのにもかかわらず、その既知であったはずの出来事が起こりつつある(それが起こるまでの)時間にサスペンスに宙づりにされ、起こったときには、驚かずにはいられない――に拠るものなのだ。…(続)


参考文献
・谷昌親「作家主義とプロデュースをめぐる覚書き」、ユリイカ臨時増刊・総特集「ヌーヴェル・ヴァーグ30 年」青土社、1989年
・三浦哲哉『サスペンス映画史』みすず書房、2012年
加藤幹郎ヒッチコック『裏窓』ミステリの映画学』みすず書房、2005年
・同『映画とは何か』みすず書房、2001年

今日、舞台の上から「壁」が消えること

ゴダール・レッスン』(1989)で佐々木敦は、寺山は結局、「観客席/舞台」の二項対立をぶっ壊そうとしたけれど、「寺山修司」というよりおおきな「劇場」をつくったにすぎない、つまり、フィクションと現実を転覆させようとはしたが、「現実」が「フィクション」を冒すというよりおおきな「フィクション」をもとめたのだと指摘する。この論(「寺山修司論」)のなかで佐々木敦は指摘してないのだが、このことは、『レミング』を鑑賞するときにこそ感じられるのではないかと思う。

 寺山修司の『レミング』を観たとき、床から頭を突き出す母親がプロンプター・ボックスに、そして消失する「壁」が演劇装置(=舞台上の三つの壁と四つ目の客席との壁)に見立てられているように感じられてくる。もちろん、寺山自身が「解題」のなかで語っているように(『寺山修司幻想劇集』平凡社ライブラリー、2005年)、この壁の消失や夢などの暗喩を読み解いて(紐解いて)ゆくことに大きな意義を持つかもしれないのだが、ここでは、このふたつの装置を「演劇」それ自体の暗喩としてひとまず見立ててみることにしよう。

 つまり、ぼくたちは、この芝居を観て笑ってしまうわけだけれど、それは、「壁が消えてしまうこと」に対してではなくて、いまさら「壁が消えてしまうこと(=演劇の倫理)」に驚いているやつがいること、そのことに笑ってしまうような気がするのだ。それは、「演劇」という装置にいまさらながら驚くことに対して笑うことだ。

レミング』においては、この問題は、そもそも「虚/実」の転覆など、そもそも寺山の興味になかったのではないかと思わせるのだ。寺山の興味は常に、芸術の「異化」にあったわけだけれど、それは、劇場を否定することではなくて、劇場のなかで、劇場をべつの空間に作り変えてゆくことではなかったか。「実(=現実)」のなかで、「虚(=フィクション)」が引き起こされ、「虚実」そのものが「虚」へと変質してゆく空間。寺山においては「観客席/舞台」の二項対立などは問題とされず、いかに「虚」が繁殖され続けるのか、ということこそが、彼の「倫理」だったのではないか。

 つづいて、佐々木は、寺山の映画について論じてゆくわけだが(この『ゴダール・レッスン』は映画論集である)、そこでは、演劇においては、「観客席/舞台」にあった「カーテン」と、映画における「スクリーン」とが同じ構造にあることを指摘している。そして、寺山がほんとうに目を向けるべきだったのは「スクリーン」ではなく、「フレーム」の問題ではなかったか、という結論で終わる。…(続)

世界に目を凝らす視線/カルヴィーノ『パロマー』の場合

 イタロ・カルヴィーノの『パロマー』は極めておかしな気分になる小説(?)である。まずその構造からして特徴的で興味深く、基本的にこの書を貫いているのはパロマー氏の世界を観察する“視線”であるのだが、各章の節を追うごとに詳細な描写から考察を含んだ記述へとより思索的になってゆく。そして同時に各部を追うごとにもパロマー氏の視線およびそれから派生する意識は、波や女性の胸、太陽の反射といった自然のなかのよくある事物からはじまって、街の人々や彼らが属しているその社会、そしてパロマー氏自身と世界との関係へと移行してゆく。つまり、この小説における人称というのはパロマー氏であるようであり、パロマー氏を俯瞰する「宇宙」の視点から語られているようでもある。

 パロマー氏の、世界を観察し詳細に記述しようとする極めて熱心な(そしてもはや狂気にも似た)その視線は、「世界の複雑さをしごく単純な組織に還元し、世界を掌中におさめる」ことを目指し、ひいては自分を知ることを試みるパロマー氏の記録であるといえよう。パロマー氏にとって自分を知ることとは、世界と自分との関係を知ることである。パロマー氏の視点はいつも最終的に「宇宙」に向けられる。彼は、世界と自分自身はどのような相互の関係を持っているのかという「仕事」をもはや「罰を受けていると言った方がよいのかもしれない」、「自己中心的で誇大妄想気味の」「過剰労働」のように続けてゆく。

 パロマー氏の家には見晴らしの良いテラスがある。そこで彼は一羽の鳥になったつもりで街を鳥瞰する。そこからは古びたり新しかったりする屋根が並んで見えるが、その底にある舗石や車などは見えない。彼は思うのだ。「事物の表面を知った後で(中略)わたしたちはその下にあるものを求めるところまで行きつくことができる。」パロマー氏の思考は総じて演繹的である。そのことには彼も自覚的であるのだが、彼は何にじっと目を凝らす瞬間でもその全体を見て、それからその細部の部分に目をやることに我々は注目することができる。彼は波や草を見るとき、その全体を把握し記述することでひとつの(!)波を、もしくは一本の草をとらえることができる。

 そうしてパロマー氏は隣人とうまくやっていけないことを悩んでいる。彼は隣人とうまくやるためには、(なぜか)宇宙と自分との関係を改善しようと努める。現在と未来の時空間のなかで自分の位置を明確にすれば隣人とうまくやれると考える。しかし本当にそうだろうか? とパロマー氏は思う(パロマー氏の思考の方法というのは基本的に仮説の否定の連続である)。そうして思考は進み、彼は「いずれにしても、まず相手の観察を始める前に、自分が何者であるかを充分に知る必要はあるだろう」と結論に至る。つまり、自分自身の心のなかを探ることによって、そこから公式や定理を抽出すること。そこから他者に対しての自分という駒を移動させていくのだ。彼は自分や隣人といった他人、それからその関係を理解するのに「宇宙」という鏡に反射させてそれを読み取ることを要する。彼は「宇宙」(それは例えば波とか女性の乳房とか月でも竜安寺の石庭でも構わないのだが)を記述することで彼は自分を把握しようと努める。それが意識的であれ無意識的であれ、彼は「宇宙」を記述する自分をも記述する視点に気づくのだ。その「見る」「見られる」の幾層もの構造のなかで居心地の悪さを感じつつ、世界との関係を模索する。

 この『パロマー』におけるパロマー氏は、世界を記述しようと執拗なくらいに眼を凝らす一方で、裸で寝そべる女性の胸にどぎまぎしてしまい、その女性の前を何度も行きすぎたり、望遠鏡を覗き込んで宇宙に目を向けて自分の位置を探しつつも、隣人とはどうもうまくやれなかったりする。そんな彼をおかしく思ってしまうが、彼のその生真面目さを一笑に付すことができないということもどこかで我々は感じているのである。このパロマー氏はわれわれのやや大きな縮図なのだ、というようなことは言いすぎだろうが、我々が自分自身を記述するときには世界からの距離を測る必要があるのだと言うことは可能であると思うのだ。

 最終章でパロマー氏は「死んだふり」をすることを試みる。これは世界を記述するうちに、そこに世界を見る自分を見る世界の視線というものがあっては完全な客観性を書くことに気づいたからだ。時間に終わりがあるのならその一瞬を記述できる、と考えた彼は、存在しないこととは異なる“死”をもって、瞬間を記述しようとする。しかしながらその試みはうまくいかない、今までの彼の試みのように。彼の試みはいつも問答をするうちにあらぬ方向へ行き帰着を見ることはない。

 しかしながら、パロマー氏の視線は彼の死をもって一種の世界の記述となりえるだろう。彼の禅問答のような知恵への到達の試みは、ただ眼を凝らすことであった。世界を満たしているのは無数の視線である。「わたしたちは、自分を飛び越して、何も私たちの外部について知ることはできない」。世界を記述するとかそういう大それたことではなく、わたしたちが自身やその周りを取り囲む世界に対してできることは、まず自分自身の視線に気がつくことだ。自身を把握しようとすることから始まるのだ。